花火師コラム

三河花火 最明流 加藤克典

2012年06月12日花火師コラム

こんにちは。
今回はこの季節になるとマスコミの方から多く頂く、「三河花火 最明流(さいめいりゅう)」って何?というご質問についてお話します。

突然ですが、私の名刺には「三河花火 最明流 加藤煙火株式会社 加藤克典」と書いてあります。
「三河花火」についてはインターネット検索すればある程度は出てきますが、「最明流」についてはあまり出てきません。
僅かに出てくるものもテキストだらけのページで、読む気がしません(笑)
なんとなく、「三河花火 最明流」という文字を見ただけで、三河花火の一流派なんだな、ということはお分かり頂けると思います。

では、いったいどんな流派なのでしょう。
そうです。皆様お察しの通り、最も明るい光を出す花火をつくる流派、…ではありません。

その昔、三河の国のある村に花火名人が住んでいました。
この花火名人が住んでいた家の隣に最明寺というお寺があったので、そのお名前を頂いて、最明流という流派を興しました。

こんな感じです。
どうですか?現在の感覚(というよりも、私の感覚)からすると、え!?そんなんでいいの!!?という気もしますが、当時、お寺のお名前を頂けるのはとても名誉なことでした。

さて、この最明流。現在ではどのように進化しているのでしょうか。
…正直なところ、よくわかりません。
わかないというよりも、花火業界を分子のように流れている、といったところでしょうか。

最明流という流派が興った明治初期という時代、花火技術は一子相伝の秘術で、嫡男にのみ極秘に受け継がれるという、どこかの拳法のようなものでした。
この時代、どこかの拳法が活躍する世紀末ほどではありませんが、花火の事故による死者も多くいました。
しかし、花火は一子相伝の秘技であり、事故が起こった場合でも、検証や原因究明が行われることもあまりなく、命よりも技術を守る方が大切にされた時代でもありました。
こちらも現代の感覚で考えるととんでもないような気がしますが、それがこの時代の花火に対する考え方だったのです。

その後時代は下り、安全に対する社会的な意識の高まりと同時に、花火業界でも安全のための技術情報共有をするようになり、現在では全国の花火業者が集まり安全や技術に関する講習会を開催するまでになりました。
こうした流れの中で、より良く安全な花火をつくり出すための技術は平準化が進み、全国的にどこでも安全で素晴らしい花火が見られるようになりました。

が、しかし。
全国的に素晴らしい花火が見られるようになった反面、各地域の花火の違いはほとんど感じられなくなりました。
最明流の花火の特長も、この流れの中でだんだんと平準化されて行き、今では文献の中でしか見ることができません。
淋しい気もしますが、少しでも安全の役に立っているであれば良いことだと考えています。
もちろん、最明流以外の流派についても同じことが言えます。花火業界を分子のように流れ、どこかで血肉になっているのです。

…ところがどっこいさらにしかし。
現在では地域的な違いはほとんど見られなくなったものの、業者による違いが顕著に表れてきています。
一子相伝ではなくなりましたが、「企業秘密」という形で、最先端の技術が進歩するようになってきました。
花火の安全面の技術が安定してきた現在では、安全を確保した上できれいな花火をつくれるようになってきているのです。
もちろんこれらの技術は公開する必要がありませんので、企業秘密となります。
そして、この技術競争が非常に面白いのです。

ここまで情報化の進んだ社会です。素晴らしい花火をつくれば、全国から引く手あまた。
一度有名になった業者の花火は、全国どこでも見ることができます。
あの業者は、この花火に特徴があるな、などということを思いながら花火をご覧になってみても面白いかも知れません。

ただこの「最明流」、現在では無用の長物かと言えば、全くそんなことはありません。
ものすごく役に立っています。それは、名刺交換の時。
弊社お決まりのパターンがあります。

お客様「これ、なんて読むんですか?」
弊社担当者「さいめいりゅう と読みます」
お客様「へぇ~、流派ですか。かっこいいですね!」
弊社担当者「いやいやそんな。ありがとうございます。でも○○様こそ◎◎でカッコいいじゃないですか!」
お客様「わっはっは!」
弊社担当者「わっはっは!」

どんな◎◎が飛び出すか気になる方は、弊社までお問い合わせください。弊社担当者が責任と名刺を持ってお伺いさせて頂きます。
わっはっは!

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